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「South Ryukyu Islandsの謎」調査の中間報告 および 最終報告



1999年2月号,5月号 UNIX USER誌掲載「ルート訪問記」の過去記事

第47回のコラム「South Ryukyu Islandsの謎」調査の中間報告 および 
第50回のコラム「South Ryukyu Islandsの謎」調査の最終報告

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第47回のコラム「South Ryukyu Islandsの謎」調査の中間報告

		         奈良女子大学理学部情報科学科 鴨 浩靖


 標準のインストーラを使ってFreeBSDをインストールすると、時
間帯の設定で“South Ryukyu Islands”という選択肢が表示されま
すが、本連載第41回(’98年8月号)では「これはいったい何だろ
う?」と話題になりました。「沖縄の復帰以前に使われていた時間
帯」と「米軍基地で使われている時間帯」という二説がありました
が、その後の調査で、両方違うと分かったので報告します。

 “South Ryukyu Islands”の謎を探るため、われわれは、まずイ
ンストーラの挙動を追いかけてみました。その結果、実体は
/usr/share/zoneinfo/Asia/Ishigakiであることが判明しました。
正確には、FreeBSD標準インストーラを使う際に、タイムゾーンと
して“South Ryukyu Islands”を選択すると、
/usr/share/zoneinfo/Asia/Ishigakiが/etc/localtimeにコピーさ
れます。

 この事実は、復帰以前説にも米軍基地説にも不利な証拠と思われ
ます。沖縄の復帰以前に使われていた時間帯なら、琉球政庁(現在
の沖縄県庁)の置かれていた那覇にするのが自然ですし、米軍基地
で使用される時間帯なら、代表的な米軍基地の所在地にするのが自
然です。

 そこでわれわれは、「分からないときはソースを読もう」の原則
に従って、ソース・ファイルを読んでみました。FreeBSDのソース・
ファイルがインストールされていれば、
/usr/src/share/zoneinfo/asiaがあるはずです。これが、アジアの
時間帯データのソース・ファイルです。FreeBSD 2.2.7Rでは、その
中に、

# Japan

# Zone  NAME            GMTOFF  RULES   FORMAT  [UNTIL]
Zone    Asia/Tokyo      9:19:04 -       LMT     1896
                        9:00    -       JST
Zone    Asia/Ishigaki   8:16:36 -       LMT     1896
                        8:00    -       CST


という記述があります。コンパイルすると、この部分から
/usr/share/zoneinfo/Asia/Tokyoと/usr/share/zoneinfo/Asia/
Ishigakiが作られます。

 ところで、FreeBSDは、現在のソース・ファイルが読めるだけで
なく、CVSという仕組みを使って旧バージョンのソース・ファイル
を入手できるようになっています。しかも、それをWeb経由で利用
する仕組みも用意してくれています。そこで、それを利用して古い
バージョンを調べてみると、

1.1 Tue Sep 13 21:50:17 1994 UTC by wollman

とのバージョン表示のある /usr/src/share/share/zoneinfo/asia 
に、こんな記述が見つかりました。

# Japan

# `9:00' and `JST' is from Guy Harris.

# From Paul Eggert <eggert@twinsun.com> (November 18, 1993):
# Shanks says that the far southern Ryukyu Is (Nansei-Shoto) are 8:00,
# but we don't have a good location name for them;
# we don't even know the name of the principal town.
# There is no information for Marcus.
# Other Japanese possessions are probably like Asia/Tokyo.

# From Shanks (1991):
# Japan switched from the Japanese calendar on 1893 Jan 1.
# Zone  NAME            GMTOFF  RULES   FORMAT  [UNTIL]
Zone    Asia/Tokyo      9:19:04 -       LMT     1896
                        9:00    -       JST
#Zone Asia/South_Ryukyu 8:14:44 -       LMT     1896    # Amitori
#                       8:00    -       CST

	Paul Eggert <eggert@twinsun.com> より (1993年11月18日):
	Shanksによると、琉球諸島(南西諸島)はるか南部は 8:00 (の時差
	訳注)だが、そこの場所を表す良い名前が見つからない。中心的な都
	市もわからない。
	マーカス(沖の鳥島のこと 訳注)についての情報はない。
	他の日本の領土は、おそらく、Asia/Tokyoのようなものだろう。

どうやら、この Shanks(1991) という文献が鍵のようです。Shanks については、
同じファイルに、こう書いてあります。

# From Paul Eggert <eggert@twinsun.com> (August 18, 1994):
#
# A good source for time zone historical data outside the U.S. is
# Thomas G. Shanks, The International Atlas (3rd edition),
# San Diego: ACS Publications, Inc. (1991).
# Except where otherwise noted, it is the source for the data below.

	Paul Eggert <eggert@twinsun.com> より (1994年8月18日):
	合衆国外の時間帯の歴史の良い情報源は、
	Thomas G. Shanks, The International Atlas (第3版),
	San Diego: ACS Publications, Inc. (1991).
	である。とくに断りがなければ、この本がこれ以降の情報源である。


 以上から推理すると、おそらくShanksの文献に「琉球諸島南部で
は、CST(中国標準時)が使われている」と書かれているのでしょ
う。ところが、琉球諸島南部の代表的な都市名が分からないので、
長らく放置されていました。そのうち、だれかが地図を見るなどし
て「琉球諸島南部には石垣市がある」と気付き、South Ryukyu
Islands(実体は/usr/share/zoneinfo/Asia/Ishigaki)が作られて
しまったのではないでしょうか。この推測が正しいかどうか、現在
(’98年11月20日)さらに調査を進めています。

 ところで、ほかのOSがどうなっているかも気になります。
OpenBSDには、/usr/share/zoneinfo/Asia/Ishigakiがあることを確
認しました。ほかのOSの状況、またバージョンによる変遷について、
読者の情報を求めます。存続期間半年程度の期間限定メール・アド
レス(south-ryukyu-islands@openbsd.ics.nara-wu.ac.jp)を作
りましたので、情報をお持ちの方はご一報ください。


新着情報

 さらなる調査によって、’98年12月初旬、新たな事実が判明しま
した。Shanksの“The International Atlas”が入手できた[注] 
からです。同書は、書籍というよりも時刻表のようなもので、国ご
とに存在するタイムゾーンに番号が打たれ、「主な都市がどのタイ
ムゾーンに属すか」と「緯度と経度、グリニッジとの時差」が一覧
表になっていました。さらに、1850年以降、各国のタイムゾーンで、
どのような時間が採用されたかも分かるようになっています。

 さて、同書には「日本には3種類のパターンがある」と書かれて
おり、1つ目と2つ目は現在同じ時間(グリニッジとの時差は-
9:00)が採用されていることになっており、歴史的には異なる時間
が採用されたことがあるために別の分類になっていました。1つ目
を使っている地域としては、沖縄を含む約3000の日本の都市や都道
府県名などが、アルファベット順に並んでいました。2つ目を使っ
ている地域として、Asiya Air Force Base、Atsugi Naval Air
Station(US)、Tachikawa Air Force Base、Yokosuka Naval Base
(US)、Yokota Air Force Base(US)が記述されていました。

 そして、問題の3つ目です。「グリニッジとの時差が-8:00の地
域」として、日本には以下の地域が記述されており、その中に
Ishigakiも存在しました。この新着情報を基にして、現在、さらな
る調査を続けています。


	地域名		緯度	経度	

 	Funakuya	24N30	124E17
	Guskube		24N45	125E26
	Haimi		24N15	123E52
	Hirakubo	24N35	124E19
	Hirano		24N35	124E19
	Hirara		24N48	125E17
	Ibaruma		24N30	124E17
	Irabu		24N50	125E09
	Ishigaki	24N20	124E09
	Kabira		24N27	124E08
	Karimata	24N54	125E17
	Kubura		24N27	122E57
	Miyma		24N20	124E14
	Otomi		24N19	123E54
	Sawada		24N50	125E09
	Shimoji		24N45	125E16
	Shiokawa	24N40	124E41
	Tancha		26N28	121E50
	Tarama		24N40	124E41
        Toyohara	24N15	123E48
	Uebaru		24N25	123E46
	Ueharu		24N25	123E46
	Yonaguni	24N27	122E57
	Yonaha		24N45	125E16


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[注] : Shanksの“The International Atlas(1991)”が入手できた

この書籍は、京大図書館のオンライン目録
( http://www.kulib.kyoto-u.ac.jp/ ) 、京大図書館の蔵書カード、
および、NACSIS ( http://webcat.nacsis.ac.jp/ )、さらには、国立
国会図書館の洋書蔵書目録では見つからず、最終的に、西日本の大
学生協の会員が利用できる、洋書検索注文(直輸入)サービス
( http://elcamino.seikyou.com/newcpo/home.asp ) によって注文
し、入手しました。ちなみに、$39.95 (生協会員価格 6249円)でし
た。入手できたのは、1997年発行の第5版です。



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第50回のコラム「South Ryukyu Islandsの謎」調査の最終報告 

SouthRyukyu Islands調査隊

 標準のインストーラを使ってFreeBSDをインストールすると、タ
イム・ゾーン設定の部分で“South Ryukyu Islands”という選択肢
があり、これを選ぶと日本標準時(+0900)とは異なるタイム・ゾー
ン(+0800)になります。「これはいったい何だろう?」と、1998
年8月号の「ルート訪問記」で話題になりました。その後、これを
きっかけにSouth Ryukyu Islands調査隊が結成され、調査が進めら
れてきました。このたび、すべてが明らかになりましたので、報告
します。


*調査隊はついにすべての謎を究明!

 FreeBSDの標準インストーラのタイム・ゾーン設定で“South
Ryukyu Islands”を選択すると、実際には
/usr/share/zoneinfo/Asia/Ishigakiが/etc/localtimeにコピーさ
れます。Asia/Ishigakiというのは、沖縄県石垣市のことです。

 戦前の一時期、現在の日本標準時とは異なる西部標準時と呼ばれ
る時刻が、石垣市などで採用されていました。“South Ryukyu
Islands”が西部標準時の採用地域だとすると、時差的には合いま
す。しかし、西部標準時は1937年に廃止されており、まだ当時
FreeBSDは影も形もなかったはずです。それなのに、「なぜそんな
に古いデータがFreeBSDの中に残っているのか」そこに謎を解くカ
ギがあります。

 戦前の日本標準時の変遷は、以下のようになっています。

  (1)明治19年勅令第51号(1886年7月12日公布)

  経度の定義:東経135°の子午線の時間を標準時に制定[標準
  時についてのみ明治21年(1888年)1月1日施行]

  (2)明治28年勅令167号(1895年12月27日公布)

  従来の標準時を中央標準時と改称:東経120°の子午線の時間
  を西部標準時に定める(台湾・澎湖・八重山・宮古)[明治29年
  (1896年)1月1日施行]

  (3)昭和12年勅令529号(1937年9月24日公布)

  明治28年勅令167号を改正し、西部標準時を廃止[昭和12年
  (1937年)10月1日施行]

(1)は近代社会制度の整備の一環、(2)は台湾割譲に伴う措置、(3)
は国家総動員体制のために標準時を統一したものと考えられます。

 多くのOSでは、タイム・ゾーンのデータをtzdata [注1] に依存
しています。計算機での利用のため、tzdataには世界中のタイム・
ゾーンの現在・過去の情報が集められています。これは少なくとも
10年以上前からArthur David Olsonをはじめとするグループによっ
てメンテナンス・配布されており、より正確なものにするために
tz@elsie.nci.nih.govメーリング・リストで議論が行われています。

 FreeBSDも多くのOSと同様、このtzdataを利用しています。つま
り、Asia/IshigakiなどのデータがFreeBSDの中にあるのは、それが
tzdataの配布の中に入っていたからということになります。そこで
今度は、「なぜ西部標準時がtzdataに取り入れられてしまったのか?」
が問題になります。tz@elsie.nci.nih.govメーリング・リストの過
去記事を読むと、日本のタイム・ゾーンに関する日本からの情報は
ほとんどなく、Shanksの書籍に掲載されている情報をそのまま採用
していたことが分かりました。

 その後、本誌1999年2月号でも報告したとおり、われわれは
Shanksの書籍の第5版 [注2] を入手したところ、同書籍には国ご
とに存在するタイム・ゾーンに番号が振られ、1850年以降に各タイ
ム・ゾーンで採用された時刻(グリニッジ標準時との時差)の変遷
と、主な都市の緯度/経度と属するタイム・ゾーンの表が載ってい
ました。

 ただし、Shanksの書籍では、なぜか日本の標準時が中央標準時と
西部標準時に当たるものから始まっていて、最初の標準時制定の記
述も、西部標準時廃止の記述も落ちています。そのため、八重山諸
島と宮古諸島では、いまでも西部標準時が使われているように記述
されています。

 以上の調査結果から調査隊は、

 Shanksの調査で西部標準時を廃止する勅令を見落としたため、同
氏の書籍の記述が日本の現状に合わないものになっている。それを
tzdataがそのまま採用し、さらにそれをFreeBSDが取り込んだため、
“South Ryukyu Islands”が出現してしまった。

という結論に達しました。


*調査隊の活動により“South Ryukyu Islands”はなくなることに!

 上記のような結論を得たわれわれは、tzdataの誤りを修正しても
らうため、これらの調査結果をtz@elsie.nci.nih.govメーリング・
リストに報告しました。その結果、Asia/Ishigakiのタイム・ゾー
ンはtzdataから削除され、1999年2月1日にリリースされた
tzdata1999bの配布にも含まれなくなりました。

 さらに、この修正はすでにFreeBSD 3.x-stable/4.0-currentブラ
ンチにも取り込まれています。そのため、現在のFreeBSDではタイ
ム・ゾーンの選択肢に“South Ryukyu Islands”は出現せず、単に
“Japan”を選択するだけで日本標準時が選択できるようになりま
した。この修正は、tzdataを利用している多くのOSにも徐々に取り
込まれていくことでしょう。

 これで、われわれの疑問は明らかになりました。しかし、「新し
くtzdataに採用されたデータが本当に正しいものなのか?」、まだ
まだ情報の収集・検証は足りているとはいえません。たとえば、戦
後の一時期実施された夏時間(サマー・タイム)に関する情報など
についても検討して取り込む必要があるでしょう。こうしたtzdata
の日本に関する情報のメンテナンス作業は、日本に住んでいる人た
ちの手によって今後も続けていく必要があります。

 そこで調査隊では、その作業を行うことを目的として、計算機と
時間に関連する話題を扱う「tz-japanメーリング・リスト」を立ち
上げました。このメーリング・リストにはだれでも参加できます。
同メーリング・リストに参加を希望する場合は、

  subscribe tz-japan

という1行を本文に書いてmajordomo@yugen.orgあてにメールを送っ
てください。

 また、日本に関連するtzdataのためのWebページ [注3] を用意
しました。ここでは、われわれの集めた最新の情報を公開していき
ます。情報をお持ちの方は、上記メーリング・リスト
(tz-japan@yugen.org)までぜひご連絡ください。


[注1]:
ftp://elsie.nci.nih.gov/pub/

[注2]:
Thomas G. Shanks, “The International Atlas (5th edition)”,
ACS Publications Inc., ISBN0935127461

[注3]:
http://www.sat.t.u-tokyo.ac.jp/~hideyuki/tzdatajp.html

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(UNIX USER誌連載「よしだともこのルート訪問記」より)
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