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第28回 学部全体の情報化にも貢献! 学生ルート奮闘記



1997年5月号 UNIX USER誌掲載「ルート訪問記」の過去記事

第28回 学部全体の情報化にも貢献! 学生ルート奮闘記

今回は、神戸大学発達科学部 [注1] の数理・情報環境論コース
(以下、数理情報)に所属される学生ルートさん3人 [注2]、林
 正隆(はやし まさたか)さん、竹内賢政(たけうち よりかず)
さん、加藤野得(かとう のえる)さんを訪ね、ルートになられた
いきさつから、これまでのルートとしての活動、および同学部のネッ
トワーク利用者についてお聞きしました。また会話には、発達科学
部情報教育設備室 教務補佐員の伊藤 求(いとう もとむ)さんに
も加わっていただきました。

==========
[林 正隆さんからの新規コメント]  

神戸大学卒業生の林です。私は現在、大阪の堺市で教員をしており
ます。私立の通信制高校で、主に他の高校を一度退学した生徒を相
手にしています。

もしスペースに余裕があれば、

・竹内、加藤、林は現在高校の教員なっている。

・高校までの教育現場ではネットワークの整備が遅れているので、
  数年後それぞれの職場(学校)でmaiko管理と同じことをしなけ
  ればならないように思う。

というコメントを入れていただければと思います。(1999.8.9 林 正隆)
==========


==========
[伊藤 求さんからの新規コメント]  

 maiko.h.kobe-u.ac.jp ができた頃、おそらく今から5〜6年ほ
ど前、当時はまだインターネットが発展途上にあり、それを使いた
いという“情熱”と“スキル”を持つ人たちだけが優先的に恩恵を
受けられる時代だったと思います。また、それを使ったことのある
人はだれもが電子メールを使って遠くにいる友人とコミュニケーショ
ンをとったり、WWWで世界中の情報を手に入れたりできるすばら
しさに感動し、そしてそれを使いこなせる優越感と達成感に酔って
いたように思います。物理的距離というものが“とろとろ”熔けて
いく感覚に、まるでブラックホールの前にいるように吸い込まれて
いった経験をしていたと思います。加えて私がもっともすばらしい
と思うことは、その“情熱”を持っていた人々が、まるで宣教師の
ように“インターネットのすばらしさ”を“布教”して回っていた
ことです。

 当時、maiko を立ち上げた橋場さん、その後管理を引き継いだ竹
内さん、林さん、加藤さんもおそらくそのような“情熱”と“布教
心”を持った学生さんたちだったと思います。自らメールサーバー
を起動し、それを仲間たち(学生)とシェアしようとすることは、
今から思えば強烈な“情熱”を感ぜずにはおれません。また、環境
が彼らをそうさせたともいえます。当時は阪神・淡路大震災直後で、
ちょうどインターネットの頑強さと即時性に注目が集まっていまし
たし、ボランティアの重要性についても活発な論議がされていまし
た。つまり、ある意味で時代が彼らを行動させたといえます。

 残念ながら当時の環境では、彼らには“スキル”が不足していま
したし、また、大学ということを考えると、すべての人々がインター
ネットについての理解があったとはいえませんでした。しかしなが
ら、彼らは不足する“スキル”に“情熱”でもって戦い、そして、
理解ある一部の先生方の強力なサポートのおかげで、いくつかの難
局を切り抜けてきました。

 一方、ここ数年の学生たちは、入学した頃からインターネットを
普通に使う環境に浴しています。当たり前のようにメールアドレス
を与えられ、ホームページを作って情報発信する道具を与えられて
きました。そこでの彼らは“使う”を言うことを第一に考え、多く
が「パソコンやネットワークが遅い!」という、悪い意味での“エ
ンドユーザー”になっています。また、今の学生たちが以前に比べ
“自由なインターネット”を使えない環境にあることも、“使う”
と言うことに重点を置かざるを得ないのかもしれません。特に、近
年インターネットセキュリティーが社会問題化してきたため、教職
員の意識が変化し、“野放し”のインターネット環境を危険視する
風潮が出てきたのも事実です。

  ただし、これらの環境が一般的に悪いというわけではなく、中に
は“使う”ということを“使いこなす”に昇華させている学生もい
ます。それもインターネットと携帯電話を組み合わせるという、き
わめて今風の学生生活を反映したもので実現しています。たとえば、
本学の大久保 正彦氏作の「SkyMail-携帯電話を介したEmail」が、
その例です。

 以上のように、電子メールやWWWといったものが、大学生活必
須のアイテムになり、また、大学側から普通に与えられる時代にな
り、maiko のメンバーたちの目的が達成され、その役目を果たし終
えたといえます。しかしながら、彼らの情熱の一部は新しい姿に形
を変え、後輩たちに伝えられているように思います。また、彼ら自
身、今も教壇で子供たちにそれらの経験を熱く語りかけていると思
います。

  ちなみに、maiko は後輩たちに管理が引き継がれ、今でも稼働し
ています。セキュリティーが強化され使い勝手が悪くなり、またユー
ザーも減っちゃいましたが、今でも“学生”のアイドルです。(^^;)
                                         (1999.8.9、伊藤 求)
==========


*メール・サーバーmaiko誕生秘話

私(以下Y):こんにちは。神戸大学というのは本当に眺めのよい
ところにあるんですね。さっそくですが、発達科学部のネットワー
ク構成と管理されているマシンについて教えていただけますか。

林(以下H):はい。神戸大学全体のネットワーク・システムは基
幹にATM網を使った高速ネットワークであり、KHAN [注3](Kobe
Hyper Academic Network)という名称を持っています。これは、本
校の一組織である総合情報処理センター(以下、センター)が管理
運営しています。発達科学部は、その支線LANとして全学ATM網と全
学FDDI網の両方利用でき、私たち3人の学生ルートが管理運営して
いるメール・サーバーmaikoは、この支線LANに接続するマシンの中
の1台です。

Y:そのmaikoというメール・サーバーを、学生さんが管理運営す
ることになった理由を教えていただきたいのですが。

竹内(以下T):maikoは、すでに卒業された先輩の橋場弘和さん
によって、1995年10月に立ち上げられました。当時、発達科学部で
もKHANのネットワークが使える環境にはありましたが、インターネッ
トが使える学生は自分の所属する研究室が積極的にネットワークを
利用している場合に限られていました。

 そういう状況の中で、情報教育設備室 [注4](以下、RIE)が開
くインターネット講習会の講師を頼まれた橋場さんは、発達科学部
の学生にメール・アカウントを発行できないまま講習会を開くこと
に疑問を持ち、自分の管理していたマシン上にメール・サーバーを
立ち上げたのです。こうしてmaikoが誕生し [注5]、この講習会に
出席した約70名は、その後もインターネットが利用できる環境を手
にすることができたのです。

Y:感動的な話ですね。いろいろな工夫や苦労があったことでしょ
うね(コラム1参照)。


*maikoの後継ルート3人の1年間

T:’96年の3月、橋場さんは大学院を卒業され、私たち3人が
maiko管理の後継者になりました。私は橋場さんにやらせてほしい
と頼みましたが、あとの2人は橋場さんから声をかけられて引き受
けたそうです。私たち3人は、それまでほとんど面識がなかったの
で、「一緒にルートを担当することになったので、一度会いましょ
うか?」とメールで打ち合わせをして会いました。3人とも学年が
違うのは、「同時に卒業することがないように、橋場さんが意図的
にそうしたのかなぁ」と思っていたのですが、実際はそうではなかっ
た [注6]ようです。

H:私たちの最初の仕事は、アカウントの整理でした。取りあえず
何も分からなかったので、新規ユーザーを増やす前に既存の(アク
ティブな)ユーザーを把握したかったのです。ユーザーのアカウン
トを増やす方は、橋場さんが用意されたスクリプトを使えば対話式
に実行できたのですが、消す方は手作業で行う必要がありました。
そこで、まず「4月末までにメールが来なかった人のアカウントを
消しますよ!」というメールを全員に送り、アカウントを使ってい
るかどうか確認することにしました。

加藤(以下K):maikoのアカウントは、橋場さんが実施された講
習会に出席した人全員に発行しましたので、「その講習会のときに
使っただけ」という人が大量にいました。つまり、ユーザーの整理
が必要不可欠な状態だったのです。

Y:ユーザーを整理したあとは、どんな仕事をされたのですか。

K:それが、ユーザーの整理で一騒動あったんです。それまで3人
とも、UNIXを一般ユーザーとしてしか使っていなかったので、アカ
ウントの整理の手順がよく分かりませんでした。勉強した結果、
/etc/passwdファイル [注7] の内容を書き直して、ユーザーのディ
レクトリを作成/消去すればよいことが分かったのでユーザー名を
整理しだしたのですが、/etc/passwdに書くユーザーIDを新たに通
し番号にしてしまったのです。このため、従来からのユーザーのユー
ザー名とユーザーID番号とがずれてしまって、「メールが届かない!
 [注8]」という事態が起こってしまいました。

H:この「新しいユーザーを登録して、古いユーザーを消す」作業
は、6月の新規ユーザーの「メールの講習会」の前日に実施したの
ですが、いざ講習会を始めて、「こうしたらメールが出せます。さ
あ、届いたメールを読んでみましょう」といってメールを読もうと
しても届いていないのですから、講習会が講習会にならず大変でし
た。

Y:受講生は、何が起こったのかわけが分かりませんよね。

T:私たちにもわけが分かりませんでした。たまたまUNIXに詳しい
先生がいらっしゃったので、その原因を教えていただきました。こ
の講習会は私たちにとって最初の大きなイベントでしたし、システ
ム管理にも自信がついてきた時期でしたので、その失敗の衝撃は大
きく3人とも落ち込んでしまいました。

K:このエピソードで、当時、私たちがいかにUNIXを知らなかった
かが証明されてしまいますね。

Y:もう過去の話なんですから、公表しても大丈夫だと思いますよ。
そういう失敗を経て、大きく成長されたということで:-)。

H:現在では、橋場さんがmaikoを立ち上げられたときとは、状況
が変わってきています。 ’96年夏にはrieというメール・サーバー
 [注9] も始動し始めましたし、mainという数理情報のメール・サー
バーもあります。1、2年生が自らセンターでメール・アカウント
を取得 [注10] する場合もありますし、さらに研究室で独自のメー
ル・サーバーを持っているところも増えました。

 そのような理由で、 ’96年夏以降はmaikoユーザーがそれほど増
えなくなりました。そこで、次はmaikoでWebサーバー [注11] を立
ち上げてみようかと思い、maikoユーザーに「自分のホームページ
を作ってみたいですか?」というアンケートを取ってみました。希
望者が多いという集計結果が出れば、作業もやりやすくなると考え
たのです。しかし、意外なことに「作りたい」という回答は少なかっ
たのです。

T:すでに世間一般でもインターネットがブームとなっていました
ので、自分のホームページを作ってみたい学生もかなりいて、「ぜ
ひWebサーバーを立ち上げてください!」という熱いメッセージが
届くと想像していました。しかし、「どちらでもよい」という返事
が一番多く、少しがっかりしました。文系の学生には、時期が早かっ
たのかもしれません。

K:結局、Webサーバーはmaikoではなくakashiというサーバー上に
立ち上げました。このakashiもmaikoと同様に学生がルートをして
おり、現在のところユーザーは数理情報の学生のみに限っています。

 maikoには、 ’96年10月にメーリング・リスト用のツールをイン
ストールしました。これは、メーリング・リストmathedu [注12] 
でご一緒している奈良女子大学の鴨浩靖先生からmlfilt-tiny2とい
うツール [注13] をいただいて使用しています。

 せっかくメーリング・リストが使えるようになったということで、
学部内でメーリング・リストを3種類作ったのですが、「メーリン
グ・リストって何?」という人がほとんどだったため、それほど盛
り上がりませんでした。 ’96年11月に、私の出身高校のメーリン
グ・リスト [注14] を作って運用し始めましたが、こちらは活発に
メールが交わされています。

T:このように、メーリング・リストが気軽に作れるあたりが、ルー
トをしている特権ですね。


* maikoの急死を乗り越えて

H:’96年の4月から12月にかけての出来事は、そんな感じでした。
そして年が明けて1月になり、よしださんから「ルート訪問依頼の
メール」 [注15] が届き、メールによる打ち合わせが始まったころ…。

Y:初代maikoちゃんが、大変なことになってしまったんですよね。

H:はい。それは、 ’97年1月26日の夜でした。maikoのハードディ
スクがクラッシュし、再起不能となってしまったんです。

K:その日は日曜日でしたが、僕は卒論の追い込みだったので学校
にいました。夜8時すぎにメールが取り込めなくなったので「おか
しいなあ?」と思って、maikoが置かれている7階に行ってみたら、
OSが正常に起動しなくなっていました。

H:maikoはDOS/Vショップで買い集めた部品によって、 ’95年の
4月にゼミのみんなで組み立てたPC/AT互換機であり、外付けのハー
ドディスクにLinuxをインストールして使っていました。自作の
PC/AT互換機とはいってもとても安定していて、いままではほとん
ど問題なく動作していたんです。サンのワークステーションが使わ
れているmainというメール・サーバーよりも安定していたほどでし
た。それが突然……。

K:そこで急きょ、Webサーバーとして使用しているakashiに
/etc/passwdファイルを間借りするという応急処置をして、maikoに
届いたメールをakashiで受け取れるようにしました。

Y:具体的にはどのような応急処置をされたのでしょうか? 私が
その時期に林さんのメール・アドレス
(masa@maiko.h.kobe-u.ac.jp)あてに出したメールは、すべて届
いてましたよね。

K:まず、akashiの/etc/passwdファイルをmaikoのものにして、
/etc/hostsの中のホスト・ネームの部分をakashi.h.kobe-u.ac.jp
からmaiko.h.kobe-u.ac.jpに変え、同様に/etc/HOSTNAMEも変更し
ました。次に、ネーム・サーバーの管理者である高橋先生に、本来
akashiのIPアドレスをmaikoとakashiの両方に割り当てていただき
ました。こうすれば、Webサーバーとしてakashiが呼ばれた場合に
も対応できるからです。あとで詳しい方に聞くと、もっとスマート
な対処方法もあったそうですが(コラム2参照)。

T:その後、壊れたmaikoに新しい2Gバイトの内蔵ハードディスク
を入れ、メモリも48Mバイトに増設しました。さらにLinuxをインス
トールし、メール・サーバーとしても動くようにして、2月3日に
は完全に復旧しました。もちろん、akashiに間借りしていた応急処
置も元に戻しました。

Y:たった1週間で復旧したんですね。今回の教訓と一番大変だっ
たことを教えてください。

T:教訓は、やはりバックアップの大切さでしょう。ハードディス
クが完全にやられていたので、中身がまったく取り出せない状態で
した。ほとんどのユーザーはMacintosh上でEudoraを使いメールを
読み書きしているので、自分のホーム・ディレクトリの大切なファ
イルが消えてしまい……という人は少なかったと思いますが、私た
ちルートにとっての痛手は大きいものでした。

 そして、今回の再インストール作業で一番大変だったのは、メー
ル環境を整える際のPOPサーバー [注16] まわりの設定でした。ま
ず、poppassdというEudoraからのパスワード変更を可能にするツー
ルを導入しました。さらにpop3では、Eudoraの設定を「サーバーに
手紙を残す」としたときに正常に機能しなかったため、qpopも導入
しました。

H:これまでは橋場さんが整えられた環境を壊さないように使って
いただけでしたが、今回のことでLinuxのインストールからやり直
さなければいけない状況に追い込まれたわけですから、大変勉強に
はなりました。


*総合的な学部であることの強みを生かして

Y:現在は、maikoを立ち上げないとほとんどの学生がメールを利
用できなかったころ(’95年度)とは状況も変わっているようです
し、発達科学部のインターネット利用者も増えたのでしょうね。

H:はい。 ’96年度、発達科学部のインターネット利用率は大幅
に増加しました。RIEの過去の利用者延べ人数の増加も、インター
ネット利用者の増加の影響です(グラフ参照)。

 ’96年4月に、伊藤さんがRIEにいらっしゃったことも影響して
いると思います。「あそこに行って、あの人に聞けばよい」という
窓口がはっきりしたことで、学生も使いやすくなりましたし、伊藤
さん自身、かなり頻繁にインターネット講習会を開催されています。

 また、maikoの管理についてもサポートしていただいています。
なおmaikoに関しては、発達科学部のネットワーク環境の基礎を築
かれた蛯名邦禎先生(自然環境論講座 助教授)、私たちのボスで
ある高橋正先生(数理・情報環境論講座 助教授)にも応援してい
ただいています。

伊藤(以下I):私は、私立大学からこの大学にきました。一般的
に、私立大学では学校側がネットワーク環境の構築に力を入れてい
るのに対して、神戸大学の発達科学部では、学生たちの努力がネッ
トワーク環境の充実や発展に貢献する度合いが強いようです。大学
人すべてに平等に開放されている、ここの体系はすばらしいと思い
ます。

 maikoの立ち上げや運用が、そのよい例ですね。蛯名先生は、
Maramudが提案 [注17] する「ネットワークの階層構造」のうち、
「宗教層」、「政治層」、「財政層」をまとめて「政策層」と呼ん
で、その重要性を強調しています。この政策層に影響を与えるくら
いの学生のパワーを感じます。一般的に、学校の組織自体がインター
ネットの発達のスピードに追いついていないようなところがあると
思うのですが、学生たち、とくにこの3人の学生ルートたちは、そ
れを補う頼もしい存在です。

Y:発達科学部は理系と文系の両方にまたがる学部だということで
すが、それに関係した難しさはありますか。

H:ありますね。たとえば、理系の学部だとPCがある程度使えて、
次がインターネットというような暗黙の順序があると思うのですが、
文系の学生は「電子メールで文通をしたい」と思ったら、PCを使っ
たことがなく、マウスの使い方さえ知らなくても、とにかくすぐに
電子メールの使い方をマスターしようとします。

T:「文系はこんなアプローチをするのか」と、僕らが感心してし
まうことも多いです。

Y:「コンピュータは電子メールを送ったり、Webページを見たり
するための単なる道具だから、より手軽に使えればそれが一番幸せ」
というアプローチですね。理系と文系とが明確に分かれるとは思い
ませんが、その傾向はあると思います。「サーバーを立ち上げるこ
とに注目するのが理系」で、そんなことはどっちでもいいから「と
にかくツールを使い込みたいのが文系」といった感じですね。

I:理系の人間も、決して「接続することが目的だ」とは思ってお
らず、ネットワークは道具だと思っていますし、実際、その活用に
ついてさまざまな試みを実施しています。その一例として、 ’97
年2月8日にはRIEと千葉大学工学部、文部省放送教育開発センター
(幕張)の3地点間を高速ネットワークで接続した「遠隔ディベー
ト」の実験 [注18] が、文部省放送教育開発センターによって実施
されました。これは通常のTCP/IPではなく、ATM上に直接MPEG2を通
すための装置 [注19] を借りて行いましたが、予想以上に成功した
と思っています。

 中でも私たちが参加したのは、遠隔地にいる中学生の間での教室
間コミュニケーション実験で、 ’96年11月から計3回行われまし
た。2月8日に行われたのは、神戸大学発達科学部附属住吉中学校
の生徒チーム(神戸会場)と千葉大学教育学部附属中学校の生徒チー
ム(千葉会場)との対戦でした。

 また近い将来、無限に存在する発達科学部全体のコンテンツをデ
ジタル・データ化していければと思っています。発達科学部は、情
報の中身を作り出す潜在能力が非常に高いのです。というのも、人
間の発達を研究する学科があったり、芸術、スポーツの学科があっ
たり、理系の学科があるなど、カバーする範囲がとても広い [注20]
からです。

Y:Webサーバー構築のノウハウだけあってもだめだし、情報発信
するコンテンツだけあっても情報発信できない。でも、発達科学部
にはその両方があり、力を合わせることで可能性が数倍になるわけ
ですね。

K:専門分野の違う学生たちが集まって幅広い研究をし、その中で
得た成果を情報発信していければと思います。異なる研究領域間の
横のつながり、人と人とのネットワークを形成し深めていくうえで、
インターネットというインフラは十分に活用できるものだと考えて
います。

H:私たち3人の専門は数学教育です。インターネットというイン
フラをどのように数学教育に利用していくかということも研究して
います。その一つの試みとして、私がTeaching Assistant(授業補
佐)をした、平成8年度後期の高橋正先生の「数学教育論」の講義
内容をWebページに掲載しました。数学という科目は、理科、社会
などの他教科に比べてインターネットとの結び付きが弱い傾向にあ
るのですが、いろいろな面での活用を模索しているところです。

I:発達科学部の学生に電子メールを使う環境を提供するため、橋
場さんはmaikoを立ち上げました。これを引き継いだ3人の続けて
きた「maikoの管理」という活動は、今後、より活発になっていく
発達科学部のあらゆる学科でのインターネット活用に、大きな意味
を持つように思います。

Y:そうですね。これからも、理系と文系にまたがる学部ならでは
のコンテンツをどんどんと発信してくださいね。楽しみにしていま
す。今日は、ありがとうございました。


 私がこの学校をあとにするころには日もとっぷり暮れ、六甲山の
麓にある神戸大学発達科学部からは、すばらしい神戸の夜景を見る
ことができました。


[注1]  神戸大学発達科学部

神戸大学発達科学部は、人間発達科学科、人間環境科学科、人間行
動・表現学科という3つの学科と、人間科学研究センター、附属校、
図書館などから構成される。人間の生涯にわたるさまざまな能力の
開発と発達を共通の基盤にした、文科系と理科系にまたがる広範な
領域を含んだ新しい学部として、 ’93年4月に旧「教育学部」か
ら「発達科学部」に名称が変更された。住所は、兵庫県神戸市灘区
鶴甲。同学部のホームページは、 http://www.h.kobe-u.ac.jp/ 。


[注2]  学生ルートさん3人

取材時(’97年2月)の3人の学年は、竹内賢政さんが「大学院教
育学研究科2年」、林 正隆さんが「大学院教育学研究科1年」、
加藤野得さんが「発達科学部4年」であった。


[注3]  KHAN

カーンと読む。基幹にATM(Asynchronous Transfer Mode)を採用
し、622M bpsおよび155Mbpsの高速回線で構成される。ハーフ・メッ
シュ方式によって、伝送路の障害時には迂回ルートによる伝送路の
保証を実現している。


[注4]  情報教育設備室

同室は、RIE(Room for Information Education)と呼ばれている。
学生用にMacintosh約25台が開放されており、授業で使用するほか、
学生がレポートや卒論を作成したり、インターネット(電子メール、
WWWなど)を利用するために使用される。maiko利用者のほとんどが、
ここでメールの読み書きをしており、 ’96年6月には同名のrieと
いうメール・サーバーも誕生した。


[注5]  maikoが誕生し

誕生したときに付けられた名前の由来は、祇園の舞妓さんではなく、
神戸市垂水区にある地名「舞子」である。発達科学部の(とくに数
理情報にある)サーバーには大学近辺の地名が名前になっているも
のが多く、maiko(舞子)のほかに、akashi(明石)、suma(須磨)、
tarumi(垂水)、mikage(御影)がある。


[注6]  実際はそうではなかった

橋場さんに、この3人を後継者に選んだ理由を聞いてみたところ、
「私は、3人が同時に卒業することがないように仕組んだつもりは
ありません。そんなビジョンはまったく持っていませんでした。私
が竹内君、林君、加藤君に声をかけたのは、彼らがよくコンピュー
タが置いてある部屋に出入りしていたからです。また勉強熱心で、
いわゆる単位のために勉強するような人たちではなかったという点
も理由の一つです」という返答をいただいた。


[注7]  /etc/passwdファイル

各ユーザーの情報が登録されているファイル。主にユーザー名、パ
スワードを暗号化したもの、ユーザーID、グループID、ホーム・ディ
レクトリ、ログイン・シェルなどを記述する。この中でグループID
を指定しているが、これは最も使用するグループである。なお、グ
ループへの所属は、/etc/groupファイルに記述しておく。


[注8]  メールが届かない!

この場合のメールが届かないとは、本来メールは届いているのだが、
ユーザーIDが一致しないためにユーザーが読めない状況を指してい
る。


[注9]  rieというメール・サーバー

RIEを管理運営する「発達科学部情報システム委員会」のメンバー
である青木茂樹助教授(自然環境論)が立ち上げ、伊藤求教務補佐
員がメンテナンスしているサーバー。運営はあくまでもボランティ
アである。


[注10]  センターでメール・アカウントを取得

’97年度から、センターは全学生に(学籍番号)@kobe-u.ac.jpと
いうメール・アドレスを発行している。


[注11]  Webサーバー

’89年、スイスの欧州素粒子物理学研究所(CERN)のTim
Berners-Lee氏らが提案した広域情報システムWWW用サーバー・プロ
グラム。WWWでは、クライアントとサーバーとの通信にHTTPを用い、
主にHTMLというマークアップ言語を使ってネットワーク上にハイパー・
テキストを構築している。


[注12]  メーリング・リスト  mathedu

山梨大学の成田雅博先生が運営されている算数・数学教育メーリン
グ・リスト。


[注13]  mlfilt-tiny2 というツール

mlfilt-tiny2は、中村素典さんが作ったCF(sendmail.cf作成ツー
ル)に付属しているtiny-ml-filter2を、奈良女子大学の鴨浩靖さん
が改造したもの。メッセージを受け取り、ヘッダからいくつかのフィー
ルドを削除・追加し、再送信するだけの単純なプログラムであり、
BシェルとAWKさえあれば動作する。

なお、このルート訪問記の記事がきっかけで、CFの次のバージョン
には、mlfilt-tiny2が含まれことになった。


[注14]  出身高校のメーリング・リスト

加藤さんの出身高校は、姫路西高校。メーリング・リストは卒業生
を対象に、彼が個人的に開いたもの。


[注15]  「ルート訪問依頼のメール」

このメールを出すきっかけは、林さんも筆者と同様に’96年夏の稚
内北星学園短期大学でのサマー・スクール「UNIXネットワーク管理
コース」に参加されていたことである。


[注16]  POPサーバー

POPとはPost Office Protocolの略で、sendmailなどのMTAをインス
トールするだけのリソースのないコンピュータ上で、メールを読む
ために考案されたプロトコル。WindowsマシンやMacintoshでインター
ネット・メールを読み書きするソフトウェアは、メール・サーバー
とのやり取りにPOPプロトコルを利用しており、メール・サーバー
にPOPサーバーをインストールしなければ使用できない。Eudoraで
有名なQualcomm Inc.のMark Erikson氏がメンテナンスを行ってい
るqpopが、フリーのPOPサーバーとして広く使われている。 ’97年
2月27日現在のqpopの最新バージョンは、qpop2.2である。


[注17]  Maramudの提案

CarlMaramud“STACKS: Interoperability in today's computer
networks”, 1992, Prentice Hall(日本語訳は『インターネット
縦横無尽』共立出版)の中で提案されている。蛯名先生が、これを
より具体化した「ネットワークの階層構造」では、下から基盤層、
データ授受層、プロトコル・スタック層、環境層、政策層という5
層を提示している。


[注18]  「遠隔ディベート」の実験

この実験は、NTTがマルチメディア共同利用実験の一環として提供
するATM高速回線を利用したものであり、文部省放送教育開発セン
ターが中心となった「マルチメディア教育ネットワーク(主幹:永
岡慶三教授)」プロジェクトの一部として行われた。


[注19]  ATM上に直接MPEG2を通すための装置

ATM上に直接MPEG2を通す方法として、MPEG2 over ATMを用いた。今
回の場合、ATM上で約6Mbpsの帯域を使うことによって、NTSCフル
画面の映像を伝送することが可能となった。なお、MPEG2(Moving
Picture Experts Group 2)とは、現行テレビ放送やHDTV(高精細
テレビ)並みの画像が転送できる高能率符号化技術。また、NTSC
(National Television System Committee)とは、米国や日本で用
いられるカラー・テレビの標準放送方式の1つである。


[注20]  カバーする範囲がとても広い

14のコースが、人間発達科学科(発達基礎論、障害児教育学、児童
発達論、初等教育学、教育科学論、成人学習論、健康発達論)、人
間環境科学科(自然環境論、生活環境論、社会環境論、数理・情報
環境論)、人間行動・表現学科(音楽表現論、造形表現論、身体行
動論)という3つの学科の中に分類されている。


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COLUMN1 

メール・サーバーmaiko誕生秘話

 ’96年3月に神戸大学大学院教育学研究科を卒業され、’97年3
月現在は神戸市立本庄中学校に勤めていらっしゃる橋場弘和さんに、
メール・サーバーmaikoを立ち上げた当時の様子を教えていただき
ました。

●maikoを立ち上げたいきさつ

 私がmaikoを立ち上げたのは、 ’95年10月末でした。 ’94年度
に神戸大学のネットワークKHANが整備され、 ’95年10月には発達
科学部にもイエロー・ケーブルが引かれていました。つまり、IPア
ドレスさえきちんとした手続きで取得すれば、各研究室でもインター
ネットに接続できる(物理的な)環境は整っていたのです。しかし、
発達科学部は理系より文系の研究室が多い学部ですから、コンピュー
タを積極的に利用している研究室は少なく、インターネットを利用
できる環境にある教官や学生はごく一部でした。しかも、研究室が
決まっていない学生は、興味があってもインターネットを利用する
機会がほどんどない状態でした。

 そのころ、私は発達科学部の学生を対象としたインターネット講
習会の講師を頼まれました。近い将来、発達科学部でもインターネッ
トのユーザーが急増することが予想されたので、私はこのインター
ネット講習会でインターネットに興味がある人たちに、「インター
ネットのことを正しく知り、ある程度自分で責任を持って利用する
ことを知ってほしい」と考えました。そこで講習会の内容を、

 第1部 − 電子メールの体験(Eudoraを使用)
 第2部 − インターネットの仕組みとサービスの紹介
   	    の講義「『理解』して『使う』インターネット」

と決めました。

 そして、講習会を受けた人の中から自分たちのようなネットワー
ク活用者(および管理者)が現れてほしいと考えましたが、まだ発
達科学部には学部の各種サーバーが立ち上げられておらず、講習会
に参加した学生に発達科学部公式のメール・アカウントを発行でき
ない状況だったのです。そこで私は、自分のいる研究室の練習機で
あり、私が自分の勉強の範囲で自由に使用できるPC/AT互換機に
Linuxをインストールし、学生専用のメール・サーバーにすること
を決意しました。

 「講習会参加者には、希望者にもれなくアカウントを発行する」
ということを明記したビラを学生掲示板に貼ってもらい、参加者を
募集したところ、70人近くの学生が集まりました。これは予想を上
回る人数ですが、「アカウントがもらえる」という理由で参加した
学生も多かったようです。

 このサーバーは一切お金をかけず、教官サイドから完全に独立し
ており、学生だけが参加・管理するものです。ここのところが重要
です。つまり、学生(私)が自分の研究の一環という名目で始めた
ものなので、発達科学部の学生は誰でも指導教官の承認や研究費を
払う必要なしにメール・アカウントが使えるのです。


●苦労した点はアカウントの登録

 まず、登録そのものに苦労しました。何しろ全部一人でやってい
ましたから。しかも、時期的に修士論文(「数学教育とインターネッ
ト」)をまじめに書き出さないといけないころだったので、maiko
のことばかりしているわけにはいきません。

  また、単にmaikoのpasswdファイルに書き込むだけならよいので
すが、相手はインターネット超初心者ばかりです。「登録したから、
telnetで入って初期パスワード変更しておいて」というわけにもい
かず、やはり「あなたのアカウント名は××で、初期パスワードは
○○です。△△という手順で最初のパスワードを変更しておいてく
ださい」というような文書で知らせることが必要でしょう。

 Perlなどですらすらスクリプトを書けたらよかったのですが、あ
いにくそれができなかった私は、自分なりにいろいろ考えて試した
結果、

 (1)クラリスワークスのワーク・シートで個人データを入力
 (2)(1)のデータを基にシェル・スクリプトを使ってアカウントの
     登録と初期パスワード入力を半自動化
 (3)登録した連絡文書をクラリスワークスのデータベースを使っ
     て作成

という作業を行いました。

●パスワード変更のためのサーバー・ソフト

 学生がメールを読むために使うことになるEudoraには、メニュー
中に「パスワードの変更」という項目がありますが、これはmaiko
にPOPサーバーをインストールするだけでは使えません。こちらと
しては、できるだけユーザーの操作を簡単にして、パスワード変更
というインターネットの基本的な操作は自力で行ってほしいので、
やはりEudoraの「パスワードの変更」を有効にしておくべきだと考
えました。

  しかし、どうやったらよいのか分からず、技術科教育の友人に聞
いたところ、パスワード変更のためのプログラムがEudoraのヘルプ・
ファイル中に含まれていることが分かりました。インストール自体
は難しくありませんでしたが、Eudoraからパスワードの変更ができ
たときはホッとしました。

●RIEの利用許可

 当時RIEは、原則として指導教官が「使用者」として登録してい
なければ、学生は使用できませんでした。そのため、「maikoユー
ザーがRIEの機械を使ってインターネットを利用してもよい」とい
うことを確認しておく必要がありました。そこで、講習会の延長と
して、RIEの指導補佐の方にmaiko登録者の使用を認めてもらうと同
時にmaiko登録の窓口になってもらい、パスワード変更の指導もお
願いしました。

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COLUMN2 

別マシンでメールを受け取る方法

 akashiでmaikoあてのメールを受け取れるようにするためのスマー
トな設定方法について、鴨 浩靖さんに簡単にまとめていただきま
した。

  (1)akashiの/etc/passwdと/etc/aliasesに、maikoのものから必
     要な項目をコピーする
  (2)akashiのsendmail.cfを書き換えてmaiko.h.kobe-u.ac.jpあて
     のメッセージを自分で受け取るようにする
  (3)ネーム・サーバーのメールの配送先を設定しているMX(Mail eXchanger)
     レコードの内容を変更してもらって、maiko.h.kobe-u.ac.jp
     あてのメッセージはakashi.h.kobe-u.ac.jpあてに届けるよう
     にする

 ちなみに、(2)を行う際にもCF(sendmail.cf作成ツール)が役に
立ちます。

(奈良女子大学理学部情報科学科 鴨 浩靖)

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(UNIX USER誌連載「よしだともこのルート訪問記」より)
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